痛みの三段階活用

  11月中旬に六甲全山縦走を踏破した。数年ぶり2回目の参加であったが、その間に多くの山々を登った経験もあってか、余裕綽々に踏破したと言いたかった。正直言ってとっても辛かった。天候がまず雨だった。しとしとではなく、なかなかの土砂降り。レインウェアを着ても寒さを感じるくらい降っていた。それに雨のせいで渋滞が延々と続く状態。非常に辛い縦走大会だった。なんとか力を振り絞って踏破した両足は、びっしょりぐっしょり濡れていた。いくらゴアテックスといっても、今夏に各方面につれそったからか、いくらかダメージを受けていたらしく雨が靴の中に入り込んだ状態で何十キロも歩いた。すると左足の親指の爪と皮膚の間がパンパンに炎症を起こしていた。だいぶ前から左足の親指は巻爪であって、登山前にしっかり切っておかないと腫れてしまうのはよくあること。今回も腫れてしまったかと呑気に考え、特になにもせず放置していた。いつもなら数日すれば引く腫れが引かない。歩くと痛い。ぶつけると声が出るほど痛い。一ヶ月経っても腫れていて痛い。痛いなぁと思いながら職場で足を引きずりながら歩いていると、年上の職員の人に「そういう若いときに我慢してたことが、俺らみたいな歳になってえらいことなるから病院にいっとけ」と的確なアドバイスをもらったり、各所方面から心配されていた。怖くなってネットで調べても、放置するのは本当に良くないから早く病院にいけとしか書いてなかったので、重い腰を上げて病院に行くことにした。

 しかし病院に行くと言っても、皮膚科なんてここ数年行ったことない。ぐるぐると考えた結果、グーグルマップで評価が高いところに行った。初めて行く病院はどうしてもおっかない。お得意のネットサーフィンで治療方法を調べる。ネットで調べることで不安な気持ちを抑え込んだ。

 初めての病院だったので症状などを書いて待機。10分ほどして名前が呼ばれ診察室に入る。グーグルマップの評価通り、優しそうな先生だ。事前に書き込んだ書類通りに左足の親指が痛いことを伝える。靴下を脱いでくれと言われたので、先生の前に置かれた小さな台に靴下を脱いで左足を置いた。看護師さんが上から懐中電灯で左足の親指を照らした。スポットライトを当てているようで笑ってしまう。スポットライトを当てている左足の親指はパンパンに腫れている。なにもこんなときにスポットライトを当ててしまって、親指に悪いなと感じる。

 先生は親指を見るなり「腫れてますねぇ」とポツリ。非常に落ち着いた様子で、言葉を選んでコミュニケーションをとってくれるのでありがたかった。炎症を起こしているところに巻爪が入り込んでいるんだと思いますと僕が付け足すと、先生は「確かに巻いてますね。切りましょうか。」と言って、横にあるペンチのような爪切りを親指に当て始めた。すると看護師がすかさず、僕の肩をポンポンと叩きながら「リラックスしてくださいね」と声をかける。おそらく僕の顔に緊張が走ったのを見逃さなかったのだろう。「痛かったら言ってくださいね。」と段々とペンチみたいな爪切りが爪を切っているのが分かる。どういう切り方をしているのか見ていないので分かっていないが、グッと奥の方を切るのが分かる。柔和そうな先生がやっているとは思わないほど力強さを感じる。優しげな先生が力強い処置をしているということに軽い困惑を覚えている。三回に分けて切っているのが感覚で分かる。僕はそれに合わせて「痛くないですね~、あ、ちょっと痛いっすね、ウッ痛いです!」という痛みの三段活用のような声をあげてしまった。

 すかさず切り口を見ると左の爪の五分の一くらいがなくなっていて笑ってしまった。巻き込んでいる角を切るだけだと思っていた。しかし実際には元となる爪の根本からバサリと切り落としていた。だからか、ぐっと奥まで切るような感覚があったのかと納得した。再び親指にスポットライトが当たった。軽く血まみれの親指の左端はポッカリと肌と爪の空白になっている。「あともう少し切りたいのですがどうしますか、腫れが引いてからにしますか」と先生。「今、切りましょう。」笑いながら答える僕。看護師さんがすかさず肩をポンポンと叩いてくれる。一体感があった。会って5分も経ってないのにコックピットみたいな一体感。先生はまたペンチのような爪切りで三段階で切ってくる。「痛くないですね~、あ、ちょっと痛いっすね、ウッ痛いです!」またもや痛みの三段階活用のような声を上げて処置完了。「また痛かったら来てくださいね、お大事に。」と優しい笑顔で先生と看護師さんに見送られた。

 こんなに痛い処理をしたから帰り道は足を引きづらなあかんと腹をくくっていたが、ところがどっこい爪を切ったことで、先程までの痛みがサッと引いてびっくりした。久々に痛みもなく歩けていることが嬉しい。来週辺りでも山に行こう。